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FUSOU / 渋谷サクラステージ

渡辺酒造店「Nechi」とFUSOUの特別ディナー by intertWine K×M

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お世話になっている麻布台ヒルズのインタートワインさんより、特別ディナー会にご招待いただき、ありがたく参加。インタートワインでは国内外のトップレベルのワイン生産者を呼んで、生産者の言葉や大橋MWの解説を聞きながらワインと食事を楽しむ会を定期的に開催しており、自分もよく参加している(去年の会の感想はこちら)。

今回の会場となるレストランは、昨年末の同特別会に引き続き渋谷のFUSOU。フィーチャーされるのは日本では数少ない「ドメーヌスタイル」の日本酒造りで知られる、新潟県は渡辺酒造店の「Nechi」。今回はワインではなく日本酒をフィーチャーした招待制少人数の特別会。

FUSOUがあるのは昨年に全面開業した渋谷サクラステージの38階。渋谷サクラステージはネットではよく「閑散としている」「ガラガラ」「廃墟」などと揶揄されており、個人的にも全体コンセプトの何とも言えないチグハグさが気になるところ。しかしFUSOUが位置する38階は洗練された洒落た階になっている。

早めに到着した場合は、渋谷の夜景を一望できるお隣STEREOをウェイティングルーム代わりに使える早めに到着した場合は、渋谷の夜景を一望できるお隣STEREOをウェイティングルーム代わりに使える

FUSOUの内田悟シェフは代官山ASO、NARISAWA、虎ノ門ヒルズunisなどを勤めてからの独立。今年のミシュランのニューセレクションに選ばれており、今後より一層人気が出そうなレストラン。
自分がFUSOUに来るのはこれで3回目。友人がFUSOUの常連であり、そこから自分の個人情報が垂れ流されているため、シェフには引っ越し先の情報まで伝わっている。プライバシーはどこへ。

乾杯前にまずは大橋MWより渡辺酒造について解説。大橋さんのお話はいつも知のシャワーといった情報量で大変面白い。そして席配置が毎回なぜか大橋さんの隣という謎のVIP対応なので、大変恐縮でありつつ、気になったことを色々質問できてありがたい。

渡辺酒造店の特徴である「ドメーヌ」スタイルとは、すなわち自社で米を育てて醸造も行うということ。一般的には外の農家から買い付けた米を使って酒造りを行うのが普通。IT畑の人間としては、システム開発を内製するか外注するかといった類の話であり、内製の方が拘ったモノ作りができて理想的だが、稲作と醸造という2つの分野での専門性を一社で持つ難しさは想像に難くない。

渡辺社長がこの方向性で行くと決めた後も大変な苦労があったそうだが、それでも「5年、10年かけてでもやる」という決意のもと推進。大橋MWも酒屋として発展に尽力し、日本酒業界では初であり唯一無二の存在となったのだとか。
「10年と約束してたのに、20年かかりましたね」と笑いながらの大橋MWのコメント。

さて乾杯は五百万石の一等米の2022年。飲んでみると洗練された印象はありつつも、華やかではなく、どちらかといえば実直でクラシックな日本酒の方向性。しかし昔の日本酒らしい嫌なアルコールっぽさはなく、地味ではなく、バランスが良く、複雑性があり、レベル高くまとまっている。

自分の中でのレベルの高い日本酒といえば、十四代のような香り華やか系、新政のような酸味もあるモダンな方向性、黒龍のような落ち着いた吟醸香の方向性などが頭に浮かぶのだが、そのどれとも違う。自分の中での新しいジャンル。いやあ、日本酒の世界も奥深い。

「流行に左右されることなく、熟成を経てなお価値を高める本物の日本酒であり、その土地と時を映し出す、唯一無二の存在」という紹介コメントの通り、流行に左右されない芯の強さを感じる。

渡辺酒造の渡辺社長のご挨拶も挟みつつ、料理も提供開始。

最初の一皿とお椀のメニューは「和牛プレザオラ メロン シャルトリューズ」「焼茄子テリーヌ」「鰹 黄韮と林檎のサルサソース」「鮎すし 肝のノワゼットソース」「クレソン豆腐 雲丹 昆布とトマトコンソメ」。いやいやいや、最初から情報量が多い多い
大橋MWのトークの知のシャワーっぷりと、Nechiの新体験なレベルの高い味に、FUSOUの多種多様で手の込んだ旬の食材の味が加わり、もはや無量空処が発動したかのような情報量。脳が処理しきれずしばし固まる。五条悟もとい内田悟シェフ、恐るべし。渋谷事変?

料理のお味はと言うと、単に色んな食材がのっているだけではなく、1つ1つの素材の味が非常に美味しく、それでいて組み合わせが面白く、新しい体験があり、そして調和がとれており、いや、とにかく非常に美味しい、凄い(必中効果による語彙力の低下)

食事に合わせての2杯目は、米の品種違いで越淡麗の一等米2022。こちらの方が、クラシックな日本酒に少し近く、五百万石よりもややシンプルな味。

渡辺さんの解説によると、五百万石が早稲品種で、越淡麗は奥手品種。早く収穫できる早稲と奥手を組み合わせて、収穫時期が被らないようにすることで収穫の負荷を分散し、社員の稼働率を上げるようにしている。IT経営者にも刺さる分かりやすい解説である。稼働率、大事。

ちなみに、早稲品種を植えた田んぼが早稲田という地名となり、そこにできた大学が早稲田大学。これ豆ね。

次に入る前に、内田シェフが本日の和牛を見せてくれる。色が美しいなあ。期待が高まる。FUSOUはこういった視覚的なパフォーマンスも大事にしていて良い。

再び渡辺酒造について大橋MWより解説。

渡辺社長の醸造スタイルは「高い技術があるからこそ、技術を使わない」スタイル。禅問答だろうかと思ってしまうが、つまり最低限の品質は保つため人が介入するものの、必要以上に介入せず、残りは自然に任せ、ある程度の味の違いはその年の個性として受け入れる方向性だそう。
前回の特別会でお会いした日本最高峰のワイナリーの98WINEs 平山さんのお話でもほぼ同じ話をしていた記憶があり、なんというか、技術を極めた人は最終的に自然へと回帰していくような印象がある。
直近の個人的な興味は「スペシフィシティ(=固有性)」というキーワードにあり、どの分野でも何かを突き詰めようとすると必ずスペシフィティが顕在化するのが面白いと感じている。ワインの世界におけるそれはまさしくテロワール(=土地の固有性)であり、そのためテロワールを表現したワインが自分は好きなのだが、Nechiはまさしく根知谷というテロワールを映し出す酒だ。

3杯目は越淡麗の同じヴィンテージ2022年の特等米。米の等級の違いだけとのことだが、全く異なる印象の日本酒。こちらは大分華やか寄り。等級だけでこうまで印象が違うのは凄い。

料理はクレソンの冷製パスタ。こちらもとんでもなく美味しくビビる。普通に分かりやすい美味しさでもありつつ、クレソンの夏らしい爽やかさ、キャヴィアの塩味、アオリイカの旨み、ピスタチオの濃厚さ、青蜜柑の爽やかな苦さが様々に表れる複雑性や新規性がある。なんだなんだ。内田シェフ本気すぎるのでは??(いや、前回に来た時も美味しかったのだけど…)

大橋MWとともに「とんでもないですねえ…」と呟きながらパスタを貪る。

4杯目は五百万石の同じヴィンテージ2022年の特等米。これも同じく米の等級の違いのみで、印象が異なる。越淡麗と比べると、やはり五百万石の方が複雑性を感じるかな。越淡麗の方が分かりやすい美味しさ。

料理はとうもろこしの冷製スープに黒トリュフ、完熟梅のアイス。これも凄いんですが。完熟梅のアイスが、単体でも美味しい梅のアイスだが、とうもろこしの甘みと一緒に頂くとパッションフルーツのような味。そこに黒トリュフの香りが加わるともうよく分からない。一体なんなんだろうか(?)。

大橋MWとともに「すごいですねえ…」と呟きながらスープを啜る。

5杯目は五百万石の2017。更に複雑?高級日本酒的な奥深さがありつつ、古さは感じず、むしろクリアで少しフルーティーさが残っている。なんだろうなあ。今の自分だと、ただただレベルが高いという感想しか言えない。ワインのテイスティングコメントは少しはマシになってきたが、日本酒はまだまだ。

そう思ったところ、最高峰のお手本が隣に座っていらっしゃることに気づき、厚かましくもテイスティングコメントを大橋MWに依頼。快く引き受けていただき、日本酒テイスティングの即席ミニセミナーが開催される。大橋MWはワインだけではなく日本酒にも精通しており、例えば世界的に最も権威ある日本酒コンテストの一つであるInternational Wine ChallengeのSAKE部門でも議長を務めている。ちなみに、ちょうど少し前に2025年度のメダル受賞酒が発表されている。

ミニセミナーによると、ワインはよく果物で香りを例えるが、日本酒でまず使う表現は「生米の香り」「炊き立てのご飯の香り」「3日目のご飯の香り」「焼きおにぎりの香り」など。
五百万石の2022は3日目の少しすえたお米の香り、焼きおにぎり。またその他の香りでいえばroasted nuts、笹の葉や竹の葉、果物的な香りでいうならデーツやナツメヤシとか。その他色々な話をいただき、有料セミナー一回分といった様相。勉強になりました。

料理は「Harvest Salad」とのことで、旬の素材のサラダ。こちらも非常に美味しい。
大橋MWのありがたいお話を普段は集中して聞いているのだが、花ズッキーニにチーズを入れたものが美味しすぎたため会話中に意識が飛んでしまった。失礼いたしました。

メインは内田シェフ拘りの和牛。年に数頭しか出回らない、竹の谷蔓牛という黒毛和牛の先祖なのだとか。和牛ならではの芳香、繊細さが良い。

そこに合わせるのは山廃のぬる燗。コース料理のアルコールペアリングにおいて、ぬる燗を赤ワイン的な運用でメインに合わせるのは個人的に結構お気に入り。赤ワインで普通に華やかにまとめてもいいのだが、和牛の和のテイストにフォーカスしつつ、山廃のコンテチーズ的なまろやかさで合わせるのは令和のペアリングと言った様相。

締めはカレー。白米の一粒一粒が喜んでいる。美味。

デザートも毎回見た目が華やかかつ美味しく爽やか。カクテルのピニャコラーダをデザートとして再構築するコンセプトとか。良い。

最後に渡辺社長にご挨拶いただいて閉会。

いやあ、いい会だった。トップ生産者の生の声、そして業界の歴史をここまで作り上げ、そして牽引してきた当事者達のリアルな熱い話を聞くのは、圧倒的なディテールによる説得力があり、単純に面白く、そして普段とは異なる部分にアンテナを立てながら酒を飲める感覚もあり大変良い。
そして、その道の本気なシェフや生産者を見ていると、ジャンルは全く違うが、自分も頑張らないとなあと思わされる。

トークも日本酒も良かったが、FUSOUの料理も素晴らしく、個人的にはこの情報過多な感じはHAJIMEを彷彿とさせる体験。料理と酒のペアリングの方向性も、分かりやすく要素がマッチする感じではなく、しかし不思議と合っているような世界観で奥深い。日本酒フィーチャーな会ではあるが、Nechiが派手で前に出てくるタイプではなく、落ち着いた上質さを持った酒なので、FUSOUの料理を高めるNechiという構図だったかもしれない。

0.2秒ならぬ3時間の領域展開を喰らった一晩。ごちそうさまでした。


情報過多で少し疲れたので、帰宅前にFUSOUのお隣のSTEREOで一杯飲んでいくことに。STEREOはサクラステージの38階に位置するミュージックバー。

店内は非常に洒落ていて、スクランブル交差点を見下ろす好立地にあるものの、まだ名前が知られていないのか、サクラステージ自体が閑散としているせいか、あまり人が入っておらずゆったり過ごせる。オススメ。

サクラステージはこういったSTEREOのようなモダンでハイセンスな店が好きな人向けの洒落た雑貨やらカフェやらを入れるなり、渋谷の若者ポップカルチャーを全面に押し出すなり、桜丘の住民向けのローカルで落ち着いた店舗やマーケットを入れるなり、何かにフォーカスすれば良かったように思うが、現状だとこれらが混在しており、かつ素人目にはそれらがシナジーを生んでいる印象はなく、渋谷で長く働いていた身としては、なんとかならんかな〜と思ってしまう。スクランブルスクエア以降の開発で、東急はそれぞれのエリアのキャラクター作りに苦労している印象。

外野の素人が騒いでも仕方ないのと、まだまだこれからという感じなので渋谷の今後の未来に期待。駅前の工事が終わり、回遊性が上がったらまた全然変わるんだろう。楽しみ。

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Katsuma Narisawa

Software engineer and photographer exploring the intersection of technology and human experience.

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